月の裏側

行き場を無くした思考の末路

無数航路の大艦隊

部屋の片隅、建前たちが折り重なる一角にそれはあった。

不恰好で小さな、東西南北すら記されていない奇妙なコンパス。

 

手に取って漸く思い出す。

ずっと昔、ガラクタだと思って捨ててしまったのだった。

 

今ならこいつの名前が分かる。

方角などお構いなしに、ただ一方向を指し続ける方位磁針。

 

ーーよう、随分遅かったな

 

とでも言いたげな顔つきの”元”ガラクタ。

”ハートの磁石”が、そこにはあった。

 

 

 

 

「一緒に輝く覚悟出来てるかーー!!!」

熱狂の中、英雄が叫ぶ。

無数の声がそれに応える。

 

その無数の声に混じって叫んだ。

輝きたい、と思った。

変わりたくて、あの人たちみたいになりたくて。

 

あんな風に、熱い気持ちで走りたい。

あんな風に、壁にぶつかって苦悩したい。

あんな風に、その壁を超えてみたい。

あんな風に、全てを笑い飛ばしてしまいたい。

 

あんな風に。

あんな風に、迷わずに走れる人生を生きたかった。

 

何故だか変われる気がしていた。

応じた以上は変わらなくてはと思っていた。

ただ、どうすればいいのか分からなかった。

 

その時、何かに呼ばれた感覚があった。

いや、そんな優しいものじゃなくて、無理やり引っ張られるような感覚だった。

引きずられるようにして辿り着いた自室の隅。

今まで盾として何度も使っていた建前たちの積まれたその下に、それはいた。

 

方角のない小さな方位磁針。

”ハートの磁石”というやつだ。

 

ああ、と漸く思い出す。

昔、これを捨てたことと。

あの人達が、これをずっと握っていたことを。

 

針の先は寸分違わず部屋の扉を指していた。

外に出ろ、ということらしい。

 

 

 

 

 

⛵️

 

 

 

 

 

扉を開けて外に出る。

考えてみれば外に出るのは久々だ。

 

針の方へとふらふら歩く。

どことも知れない森の中。

ふと針の先に切り株が見えた。

そこにしたり顔で横笛が座っている。

針はそいつを指していた。

 

こいつを持って行けっていうのか。

旅に出るならまず食糧とか、色々あるだろうによりによって笛か。

まあいざとなれば武器の代わりくらいにはなるだろうと笛を取る。

折角手にしたのだからひと吹きくらいはしようと考える。

せめてもの礼儀というやつだ。

 

笛を横に構え、唄口に口を近づけてーーこつん、と何かかが当たる音がした。

口より前に何かある。

何だと思って自分の顔を触ってぎょっとした。

顔だと思って触れたそれは、何かの仮面だった。

 

これじゃ吹けないし、そもそも道理でさっきから息が苦しいわけだ。

どうやらつけていた事を忘れるくらい、長い間付けていた仮面らしい。

 

顔から仮面を引き剥がす。

”名無し”と何の面白みもない字体で書いてあった。

裏返して仮面の表側を見ても、何も得る感想はない。

ただ人の顔のような形のものがそこにある、それだけだった。

 

不思議と磁石はそいつに針を合わせない。

じゃあ要らないんだろうな。

僕はそいつを放り捨てた。

5秒と経たずに、どんな仮面か忘れてしまった。

 

改めて笛に口をつける。

そっと息を束ねて唄口に当てる。

 

下手くそな”シ”が、そこらに響いた。

参った、聞かせられたもんじゃないな。

でも、不思議と嫌な気持ちじゃなくて少し微笑む。

 

そこでふと、気が付いた。

さっきまで名無しだったなら、僕は今から何と名乗れば良いのだろう。

途方に暮れてふと見上げると、木々の向こうに白く丸い月の明かり。

 

ああ、月は嫌いじゃない。

こうして偶に見上げるのは割と好きだ。

 

突然、肩に鳥が止まって心臓が跳ねる。

「名乗れ」謝罪もなくそいつは言った。

「月見です」と、反射的に答えてしまう。

 

馬鹿野郎、こんな間抜けな名前の決め方があるか。

でもまあ、良いや。

適当な名前の奴ほど強かったりするもんだし。

しっくりこなかったら後で変えてやれば良いんだ。

 

そう思って納得する。

よくよく見ると青い毛並みのその鳥は、どこから出したのか名札を渡してきた。

縦長の紙に縦書きの漢字が二文字。

 

だから今欲しいのは食糧とか地図だ。

名札なんて笛と同じくらい不要だってはっきり分かる。

結構です、と言おうとしてふと気づく。

 

針は名札を指していた。

 

 

 

 

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夜が明けて初めて理解する。

仮面を外して触れるこの世界は、随分と要素が多い。

部屋に無かった色が、匂いが、温度が、満ち溢れていた。

 

針の指す方へ向かって歩く。

時折下手くそな笛を吹きながら、道ゆく人と話しつつ。

 

外には色んな人がいた。

誰かへの愛を語る人。

常に忙しそうに走り回っている人。

会うたびに少し名前が違う人。

楽器を演奏してる人や、楽しそうに歌う人。

無言で親指を立てていく人もいた。

 

こんなに色んな人間がいるものなのか。

不思議と、心底嫌いな人は見当たらなくて、それが嬉しくて。

 

気付けば、歩きは小走りになっていた。

肺に空気が流れ込む。

全身が活性化するようで、気分が高揚するようで。

 

そんな、高揚のせいだろうか。

柄にもなく話を書きたいと思い立つ。

 

話といってもただの思い出話だ。

ずっと天気の悪かった去年の話。

 

天気が悪いだけならよくあることだと放っておいたら、そこら中が泥だらけになってしまって。

泥まみれになって、目も見えず窒息しそうな僕の手を、引っ張ってくれた人がいた。

 

「こっちだよ!」「ついてきて!」

その二言だけ言うと、その人は走り出す。

 

泥だらけの真っ暗な世界で、その人だけが色付いて見えた。

その人の背中をただただ追った。

必死に、僕と同じくらい必死に、でも僕より前を走り続けるその人を、英雄だと思った。

 

実際のところは知らない。

でも、僕が死にそうな時に助けてくれた、それだけで十分だった。

僕にとって、間違いなくその背中は英雄のそれとして映った。

 

そうやって走り続けて、ようやく晴れ間に巡り会えて。

何とか生き延びることができました、という話、ただそれだけの話だ。

 

意外性もなければ大した山場もなく、オチは不意に来るし呆気ない。

大した話じゃなかったかな、と自己評価する。

それでも、針はずっとその紙を指していて。

 

紙を手に取る。

次の瞬間、針は、何も貼られていない白い壁を指し示した。

 

 

 

 

⛵️

 

 

 

 

 

”月の裏側”と記した下に、紙を貼る。

光の当たらない暗い場所という意味だ。

きっと月面も、おおよそこの壁みたいな色だろうし。

月の裏側なら、誰も立ち寄らなかったとしても言い訳できる。

 

浅く狡い発想で名前を決める。

毎度毎度、名前を決めることの下手さといったらない。

そこに紙を貼り出したら、何だかスッキリした気分になった。

重い荷物を降ろしたようだ。

 

不意の睡魔に目を瞑る。

ちょうど一寝入りしたいところだったのだ。

 

しばらく眠り、目を覚ます。

寝ぼけ眼に飛び込んできたのは、星まみれになったさっきの話だった。

びっくりして近くに寄れば、星は一つの色ではなかった。

綺麗なものだ、としばらく眺める。

黄色以外の星がどれだけ貴重か知るのは暫く後のことだった。

 

正直、貼り出すのが怖かった。

見る人が少なければ落ち込むし、見て悪口を言われれば傷付くから。

 

でも、少なくとも悪くはない、と言ってくれる人がいたのなら。

僕も捨てたものじゃなかったのかも知れない。

 

思い立って笛を構える。

下手くそな”かごめかごめ”を、気の済むまで吹いた。

そうだ、僕は楽器が好きだった。

いつそれを忘れたか思い出せないけど、こうして何かを吹く事が好きだったんだ。

 

心がすっと軽くなる。

ふと見れば、針は道の向こうを指している。

その方角へ、ひたすら走る。

歩くスピードじゃ焦れったい。

 

少しずつ早く、道を走る。

その先にきっと、何かが待ってる。

 

走れば息は苦しいし、たまに転んですりむきもする。

でもそれも、悪いものではなかった。

 

 

 

 

 

⛵️

 

 

 

 

 

最初に気付いたのは、鼻だった。

 

木々の香りに混じって、潮の匂いがする。

 

突然景色が開けて、道は急な下り坂へと姿をかえる。

方位磁針の先に、煌めく群青が敷き詰められていた。 

 

海だ! 

 

転がるように、坂道を下る。

輝く青に、無数の帆船。

あの日の聴衆は船に乗り、その向こうへと漕ぎ出していた。

無数の船のその向こう。

針が指し示すその先に、一際大きな帆船があった。

 

実に目につく9色の虹に、Aから始まる6文字の造語。

『水』、そして『私たち』。

実に”らしい”なと、つい笑う。

 

そこでふと、気が付いた。

僕の船はあるのだろうか。

そもそも何の計画も立てずに部屋から出て、それっきり。

船の予約なんて取ってない。

 

なんてこった、ここで終わりか!

走りながら頭を抱えようとして、がさり、と音を立てた名札に気付く。

よく考えればそれは、名札にしてはやけに厚い。

 

触ってみると、中に何か入ってる。

端を破って中身を出すと、ひらりと飛び出すチケットが一枚。

点と点が、音を立てて線へと変わる。

 

”太陽行きの航海”

チケットの文字はそう読めた。

間違いない、あの帆船の大群のことだ。

 

今までより速く、更に走る。

まっすぐ港へ、船へと向かう。

 

1も2もなく、船に飛び乗る。

錨を上げ、帆を張って海へと飛び出す。

 

潮風がひたすらに心地いい。

思わず笛を取り出し音を鳴らす。

下手くそな”メリーさんの羊”が海原に響いた。

 

ひとしきり吹いて、ふと振り返る。

思っていたより小さな緑の島に、ポツポツと光るものが見えた。

あの日からついさっきまでの、足跡だった。

 

 

 

 

 

⛵️

 

 

 

 

 

帆船は次々と集まってくる。

見覚えのある人の乗った船もあれば、初めて見る人の乗った船もたくさんある。

 

中にはぶつかっただの何だのと諍いを起こしている船もあるけれど。

平和なものだ、泥相手に窒息と比べればずっと。

 

そもそもこれから起こるのは祭りなのだから、騒ぎの1つや2つ当然起こる。

そんなもの、何度だって笑い飛ばしてしまえばいい。

先陣切って海を渡る、あの人達のように。

 

数え切れない帆船たちのその熱に、応じるように風が吹く。

きらきら光るその風は、こっちへ来い、と太陽が手招いているようだった。

 

風は徐々に勢いを増し、無数の航路は収束する。

“Sailing to the Sunshine”ーー収束した無数の航路が織りなす、2日限りの大艦隊。

1人じゃ心許ない海も、この大所帯なら最早祭りだ。

不安がってる暇はない、何もかもを笑い飛ばして先へ先へと進むだけ。

 

ハートの磁石は船ではなく、水平線の向こうを示してる。

そうだ、ここがゴールじゃない。

なにせ海の上だ、ここでゴールしたら死んでしまう。

この風に乗って、ずっと先まで駆け抜けよう。

 

あの日、仮面を取った世界は色彩に満ちて。

ただただ走るのが楽しかった。

 

 

だから、もっと。

もっと先へ、このまま進もう。

 

この海の向こうにどんな色彩が待っているのか、今からとても楽しみだ。

 

 

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        🌕 <4thライブ楽しみましょうね!!!


  \Yeah!!!/ 

   ⛵️✨✨✨✨