月の裏側

行き場を無くした思考の末路

キセキ立証

 

ーー聞こえているか、そこの名無し。

 

そうだ、お前だ。

泥に塗れ血反吐を吐いて、それでもまだ足掻き続けている無様な人間。

傷付きやすい癖に、往生際だけは異常に悪い弱虫。

この期に及んで、その道の向こうに光があると信じ続けている愚か者よ。

 

お前に、幾つか言伝がある。

 

少し時間を寄越せ。すぐに終わる。

 

 

 

 

先に言っておくと、僕はお前に名乗らないし質疑応答も受け付けない。

それから、お前の自己紹介も必要ない。全て知っているからな。

 

ああ、知っているとも。

自分の呻き声で起床する朝も、陰口を聞きながら飲み込む味の無い昼食も。

無限に湧いてくる自己嫌悪と被害妄想も、寒くて暗い早朝業務も、冷たく乾いた職場の空気も。

その中で文字通り死にそうになりながら、全然適正の無い仕事を必死にやっていることも。

 

知っている。

あの曲の歌詞を愚直に信じ、未来の自分を信じて走っていることも。

そこにいる自分は、絶対に良い知らせを持っていると信じ続けていることも。

今は何も見えなくても、いつか奇跡が起こると決めつけて足掻いていることも。

 

分かったか。自己紹介は不要だと。

では本題だ。お前の行く先に関して伝言を預かったから、それを伝えに来た。

一度しか言わないから、良く聞いておけ。

 

 

 

結論から言うと、奇跡は起きる。

それも、やや耳を疑う度合いの奇跡が幾つもだ。

 

まず、お前はあの職場を脱出できる。

お前の予定していた次の3月ではなく、次の12月ーーつまり年内にだ。

環境は変わり、順調とまではいかずとも取り敢えず仕事らしい仕事は出来るようになる。

あの地獄とはもう縁切りだ。

 

それから、お前は「仕事が忙しい」とか「仕事が上手く進まなくて大変」といった悩みを”抱えたがって”いたな。

早くに役立たずとされ、弾きものにされてロクに仕事を振られなくなって。それ故に所在無さや無力感を常に感じ、その様を嘲笑されたり糾弾されたりしていたからだったか。

ともかく、「仕事が忙しい」と言えるくらい仕事を渡されるようになりたがっていた。そうだな?

 

安心しろ、すぐに鬱陶しいくらいの工数に押し潰されて窒息寸前になる。

今のお前の気持ちはどこへやら、早くも仕事が減れば良いのにと考え始めること請け合いだ。

ついでに言うなら、職場の外で仕事の愚痴を言うだけの心の余裕も出来上がる。

旅行の際に職場にいる人間の名字と同じ地名を見て心が冷えるあの感覚も、消えて無くなる。

 

既に充分過ぎる奇跡? 馬鹿を言え、これは最初も最初だぞ。

奇跡と呼べる代物が出てくるのはこれからだ。

 

お前は今、どうやって心を維持している?

Aqoursだろう。正確には、Aqoursと、Aqoursを好きな人達の発言や記事と言うべきか。

暇さえあればTwitterに張り付き、心が乱れればブログを読んで肯定感を取り戻している。

丁度、過呼吸の人間が酸素マスクを使うような感覚で。

 

その”Aqoursを好きな人達”と、お前は会話出来るようになる。

他愛もない冗句の応酬であったり、長文の考察や感想のやり取りだったり。

今そうやって心の形状維持をするに当たって世話になったという礼も、直接言える。

記事や発言から感じた良さを、直接言葉で伝えられるようになる。

残業疲れも、今晩の月が綺麗だったことも、食事が美味しかったことも。

気軽に話せるようになる。

 

かれこれ一年ほどやろうとして踏み止まっていた楽器も再開できる。

それも、思い切ってフルートだ。随分と毛色が変わるが、あの時の経験は要所要所でちゃんと活きるから安心しろ。

気の合う先生も見つかって、日々少しずつ上達していく感覚を、自分の息が音に変ずるあの感覚を、また取り戻せる。

 

文章を書いて、発信するようになる。

今お前がしがみついているそのブログを、書く側になる。

頭の中に湧いている無数の作り話を、少しづつ書き出せるようになる。

それを読んで、良いと言ってくれる人が現れる。

 

誰だと思う?

今お前が、毎日発言を追っているその人達だ。

勿論、今のお前がまだ出会っていない人もいるが。

ともかく、お前の書いた文章を読んでくれる人が、好意的に受け取ってくれる人が少なくない数現れる。

 

証拠がない、か。

そう言うと思ってこれを持って来た。

何って見ての通り表彰状だ。念のため言っておくが、3枚ともお前名義だぞ。

 

これは、お前の文章を良いと言ってくれた人がいるという証明だ。

どう足掻いても事実だ。お前の文章は、少なくともこの瞬間だけは、少なくない人数に認められたんだ。

これを、奇跡以外の何と呼ぶ?

 

 

 

さて、言伝はこれくらいだ。

要するに、「奇跡は起きるからそのまま走れ」という事だ。

それだけの事だが、お前は無駄に疑り深い性質だから具体例を幾つも挙げる羽目になった。

全く、面倒な事この上ないな。

 

用事は済んだ、僕は帰るぞ。

 

 

 

ーーああ、そうだ。

言い忘れていたが、僕は3つ程嘘をついた。

 

まず、言伝と言ったがあれは嘘だ。僕に伝言をした奴など存在しない。最初から全部知っている。

それから、質疑応答に応じないと言ったが、あれも嘘だ。最後に1つだけ応じるつもりでいた。

 

そう、だからーー今お前の、「何故そんなことを知っているのか」という疑問に答えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー僕が、”未来の僕”だからだ。

 

最後の嘘だ。僕は最初から名乗るつもりでいた。

 

何で始めに名乗らなかったか?

そんなもの、お前が猜疑心と自己嫌悪の化け物だと知っているからに決まっているだろう。

真っ先に僕が「こんにちは、”未来の僕”です」と名乗ればまずその発言を疑うだろうし、本当に未来の僕だと分かったら今度は「自分の言うこと程信用の出来ないものはない」と言って耳を塞ぐのが目に見えたからだ。

 

お前は、僕から見て”去年の自分”になる。

そうだ。さっき言った奇跡は全て、2018年の間に起きる。

お前からすれば奇跡だろうが、僕からすれば既に起きた事実だ。

 

もう間も無く2018年が終わる。

今聞こえているあの音は、年を区切る線を引く音だ。

あれを超えれば、”去年の自分”は僕になり、お前は無数にいる”昔の自分”に混ざってしまう。

だからそうなる前に話をしに来た。少々強引に。

 

さっき見せた表彰状は、お前のことを書いた記事で貰ったんだ。

泥に塗れ血反吐を吐いて、それでも”未来の僕ら”を信じて走り続けたお前の。

その、言ってしまえば無様で泥臭い足跡を、どうしても書き残したくて、形にして。

その結果が、この3枚の表彰状だ。

 

お前は勝ったんだ。

ひたすら貶められて、何もかも嫌になるまで否定され続けて。

それでもそいつらに構わずただひたすら走り続けて、微かな光の方へ走り続けて、お前は奇跡を起こしたんだ。

その姿を肯定してくれる人に、共感してくれる人に、讃えてくれる人に出逢えたんだ。

これが勝利でなくて何だ。

 

未来から送られてくるはっきり聞こえない曖昧な信号を、その膨大な猜疑心を押さえ込んで信用し続けて、転んでも転んでも走り続けたお陰で、僕は奇跡に巡り会えた。

お前が諦めずにその足を回し続けたことは、誰が何と言おうと掛け値なしの奇跡だったんだ。

お前の人生にしか起きない、お前だけの大切な瞬間だったんだ。

 

ただ辛いだけの泥まみれでモノクロな世界での記憶を奇跡と呼べるようになったのは、微かに光る足跡がそこに残っていたからだ。

お前が腐らずに意地で走り続けた、軌跡があったからだ。

 

今こうして僕がお前に良い知らせを持って来れるのも、こうして文章を書けるのも、全部お前があの日立ち上がり続けたお陰なんだ。

何が出来なくても、何もかも上手くいかなくても、病名の付く精神だったとしても、お前は少なくとも一つ奇跡を起こしたんだ。

 

お前を受け入れてくれる世界がある。

それは、今お前の走っている道の向こうにある。

それだけは、忘れるな。

 

 

 

 

 

さて、そろそろ時間切れだ。

この部屋を出ればここでの記憶は消える。

僕は記憶できるが、過去のお前は未来の出来事を認知できないからな。

でもまあ、何となく感じる事は出来るだろう。

難しい事は言っていない。

とにかく、そのまま走れという話だからな。

 

ああ、そうそう。

もう1つ忘れていた、これで本当に最後だ。

 

本当は、1つだけ言伝を預かっている。

 

誰とは言わないがーー

 

 

 

『君も仲間だよ』

 

 

 

 

ーーだそうだ。

 

その顔は察したか?

ならば、この言葉に恥じぬよう走れ。

 

僕は僕で、先に進むとするさ。

 

ああーーさようなら、無謀な名無し。

早くその仮面が外れる事を、祈っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

……行ったか。

やれやれ、これで漸く年を越せる。

 

さて、今の僕にとっての”未来の僕”は何を知っているやら。

そいつを確かめに行くとしようか。

 

悪い知らせなら笑い飛ばしてネタにするし、良い知らせなら存分に喜ぶとしよう。

どうにせよ進まなければ知る事は出来ない訳だし、さっさと帆を張るとしようか。

 

 

 

キセキはここに立証され、航海は依然継続中。

引きかけのスタートラインのその向こうには、大きな虹が掛かっている。

巨大な門のようなそれは、決して遠くない距離にあった。

なるほど、どうやら開始早々虹を超える羽目になるらしい。

 

帆を張って勢いをつける。

虹の向こうの景色は、どんな色なんだろうと空想を巡らせながら。

 

ーー航海は、まだ当分続きそうだ。

 

 

 

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歌詞引用:No.10(作詞:畑亜貴