月の裏側

行き場を無くした思考の末路

汝、宇宙を拓く流星


駆け抜けるシューティングスター
追いかけて星になる

星屑は歌う。
何度も裏切る自分、思うように動かない自分。
そんな不信と失意の中で、夜空に輝く光を歌う。

皮肉なものだ、と僕は思った。
流星とは、大気圏で燃え尽き消え去る塵が放つ輝き。
それを追うなんて。

だけど。
仮に流星がそのようなものだと知っていたとしてもきっと。
あの星屑は、流星を追うのだろう。

「ただ歌えることが幸せ」と語った無垢が剥がれ落ち、「勝ちたい」という熱が表れる。
その様を見て、そう思った。

聴覚の檻を脱し、鈍色の線で踏み留まり、無垢の境界へと辿り着き。
勝利を望み熱を放つその様は、もう無垢ではない。
勝利への欲求。強い推進力となり、同時に魂を濁らせ得る熱の塊を携えて。

それは、さながら身を焼き輝く流星のように。

星屑は──澁谷かのんは。
あの歌で追いかけた流星に、なったのだ。

(「ラブライブ !スーパースター!! #12 Song For All」感想)

結び付いた星屑

流星とは、惑星の引力に引かれて地表へと落ちていく塵の死に様だ。
宇宙に浮かんでいた塵のような惑星間物質が、大きな惑星の引力に囚われ、そのまま大気圏の摩擦で激しく燃えて消え去っていく。
その消え去る際の光と熱が、流星として空を走る。

かつて自由に楽しく歌を歌い、「歌でみんなを笑顔にする」と無邪気に夢を語っていた澁谷かのんに。
その後すぐ、他でもない自分自身の裏切りによって夢を喪失した澁谷かのんに。
夢という引力に振り回されて、呆気なく燃え尽きた澁谷かのんに。

余りにも、残酷なほど、似ている。

もっとも、流星が絶対に全て消え去るかと言えばそうでもない。
燃え残って地表へと辿り着くものもある。隕石と呼ばれるものがそうだ。

僕から見て、澁谷かのんはそういったものに見えた。

一度夢の熱で身を焼いた星屑。
歌うことを夢見て、悉く自分に裏切られ。
燃え残ったその自分で、残りの現実を生きなくてはいけない。そんな印象だった。

そして、彼女が縁を結んだ他の4人も似た側面があった。
みんな何かを夢見て、何かを期待して。現実によってそれらを阻害されている。


ようやくやりたい事が見つかったのに、許されない。

望んだ世界に選ばれたはずなのに、満たされない。

並んで立っていたいのに、自分がそれを許さない。

守りたいものがあるのに、その方法が分からない。


一瞬光って、すぐにくすんでしまった星のかけら。
星になるはずだったものたちを、かつて星だったものである澁谷かのんが結びつけた。
この物語は、Liella!の軌跡は、そんな内容だったように思う。

だから、5人揃うとこうなる。
星未満の星屑が寄り添い、結合し。
継ぎ接ぎだらけの星になる。

輝くはずだった星屑も。
輝いていたはずの星屑も。
それひとつではただの屑だったかもしれない。

だけど、合わされば星になることだってできる。
この、結ぶという字を冠する場所ならば。


無垢の境界

一年生しかいないという特殊な環境により、Liella!は他のスクールアイドル以上の急速さで憧憬を集めた。

応援してくれる学校のみんな、厚意で場所を貸してくれた街の人々。
「この学校でよかった」と運命を肯定できる今。
そして、様々な縁が重なり結び付いた仲間たち。

勝てる文脈は、整っていた。
短いが濃密だったここまでの積み重ねが、Liella!というグループに「勝利に値する」という説得力を生んでいる。

しかし。

Liella!は、無垢すぎた。



予め断りを入れておくと、『Starlight Prologue』は良い曲だ。
動き始めた自分たちの運命を言祝ぎ、面映いくらいに真っ直ぐ未来への希望を語る。
始まったばかりの星たちに、雪降る聖夜の街並みに、ぴったりの曲だと思う。
素敵な曲だと、迷わず言える。

だが、これは「勝ちにいく」曲ではない。
ラブライブ。代を重ねる中で、急速に苛烈さを増していった巨大な大会。

そう、最早ラブライブは勝負の場。
自由に歌いたいものを歌うだけで生き残れる場所ではない。
きっとこの地区にSunny Passionがいなかったとしても、Liella!は2位だっただろう。
地区大会の2位という数字はつまり、無垢なまま辿り着ける限界を示す。
そこから先に進むには、ただ楽しく素敵な歌を歌うだけでは足りない。
"勝ちにいく"熱が必要だった。

それはあんまりだ、と思う人もいるだろう。
「ただ歌えるだけで幸せ」と語る澁谷かのんの想いが評価されないことに、理不尽を感じる気持ちは分からなくもない。

しかしその感想は、そのつもりがなかったとしても「勝ちを狙うグループの曲には想いがない」という意味を含んでしまう。
ない、とまでは言わなくても、込められた想いは"純粋な"グループの曲の方が多い筈だという意味は含んでしまう。

そしてそれは、誤りであると断言できる。
何故なら、その人も観たことがある筈だから。
ラブライブで、全霊を込めて"勝ちにいく"姿勢で歌った者たちの姿を。
そこに込められた、気を抜けば打ちのめされてしまいそうな強さの想いを。

勝ちを狙う姿勢で曲を作って研鑽を重ねたグループの曲に、想いがこもっていない筈はない。
そして、技術や熱意の面で"純粋な"グループや曲はどうしても一歩遅れをとる。
先達であるSunny Passionはきっと、それをよく知っていた。

故に、Liella!の敗退は必然である。
『Starlight Prologue』では届かない。

言うなればこれは、無垢の境界。
歌えさえすれば幸せだった、無垢な星屑たちが歌う最後の歌。
悔しい気持ちと勝利への欲求によって、体温に触れた雪のように儚く消えていってしまう純粋さ。
それが形を成して歌い、踊っている。

だからこそ。
だからこそこの曲は、この舞台は、美しいのだろう。


第三宇宙速度

斯くしてLiella!は、敗北を突き付けられる。
そして初めて、強い"悔しさ"を知る。
積み重ねてきた時間。
協力してくれたたくさんの人。
それらが一瞬でゼロになる、残酷な結末の中で。

ただ歌えさえすれば幸せだった時間は終わり、彼女たちの瞳には熱が宿る。
悲哀ではなく、悔恨からくる涙が頬を伝う。
腹の底から、突き上げてくるような熱を帯びる衝動。
勝利への欲求が、継ぎ接ぎだらけの星を覆う。

その様はまるで、地表に落ちた星屑たちに命が宿るようだった。
バラバラの場所にいた星屑が集まって星を成し、悔しさと共に熱や光を取り戻す。
引力に引かれて大気圏で燃え果てた星屑が、仲間と結ばれ再び夜空へと飛び立っていく。

小さな星屑が集まってできた小さな星が、恒星の名を冠するグループに、あるいはその先にある優勝へと挑もうとする姿。
その姿は、惑星の引力を振り切り、さらに恒星の引力をも振り切って飛んでいく人工天体のようで。

第三宇宙速度。太陽の引力すら振り切るそれを目指して、夜空を超え、宇宙を駆けて──星屑たちは宇宙の果てへと飛んでいく。
それは正しく、流星だった。
引力に引かれ落ちてくる流星ではなく。
引力に抗って外へ外へと駆けていく、逆さの流星。



この夜。
あの日震えながら歌っていた小さな星は、引力に抗う流星となった。


汝、宇宙を拓く流星

僕は、ラブライブが好きだった。

元々好きで、嫌いになって、また好きになって、やっぱり嫌いになって……今は、「特段好きではない」という半端な位置に自分を置いている。

ラブライブは、青春のコンテンツだ。
定期的に更新されて、その時代に合わせた青春に寄り添うような物語が展開される。

だから、どれだけ大枚を叩いてグッズをかき集めようと、ブルーレイを揃えようと、ライブイベントに全通しようと、大人である自分はこのコンテンツの本来の対象ではない。
と、僕は思っている。

これは、嫌いになるより前からずっとそう考えていた。
ラブライブは、あくまでいま青春の只中にいる者たちが対象のコンテンツだと。

曲をあまり知らなくても。
ライブに行ったことがなくても。
過去のシリーズに関する知識が特になくても。

それでも、偶然聴いたラブライブの曲が、見かけた物語が、青春の中で思い悩む誰かに響いたのなら。
その"誰か"こそが、このコンテンツが本来向かうべき人である筈だ。

楽しく消費行動に勤しんでいる大人には、コンテンツを用いて青春を追体験して楽しんでいるものが多いと思う。
少なくとも、Aqoursを追いかけていた頃の自分はそうだった。
そして、キャスト達の姿を見てもそう感じる。

ラブライブは、触れた者に青春を与える機能を持つ。
それも、かなり強力に。
かつて青春を全うし切れなかった大人は、ラブライブによって疑似的にではあるが青春を取り戻し得る。
他でもない自分がそうだった。

ラブライブを通じて仲の良い友人ができた。
その友人とたくさん旅行やライブに行った。

ラブライブに影響されてSNSとブログを始めた。
それらが繋いだ縁で、たくさんの友人を、彼らと趣味を語り合う経験を得た。

仲の良い友人。趣味を語り合える友人。
ひとりではない旅行に、苦痛ではない飲み会。

どれも青春だ。疑似的なものではあるけど、充分にそれは青春だった。
少なくとも僕は、このコンテンツによって充分過ぎるくらいに青春をやり直すことができた。

そんな、強力な機能がラブライブにはある。

だからこそ。
だからこそ、青春の当事者でない自分たちは、そこに溺れてはいけないと思う。
ラブライブによって与えられる青春を味わうのは罪ではない。
それを楽しむこと自体は、悪ではない。

でも、それに溺れて青春から抜け出せなくなったら。
それは、批判されて然るべきだ。
そしてその頃の僕は、目も当てられない程このコンテンツに溺れていた。
疑似青春に浸り切って、果たすべき最低限の責任すら忘れて、微睡み続けていた。

だから、思い切って自分とラブライブとの接続を切った。
関係する人間ごと、手当たり次第に。

その過程で一度嫌いになり、反動で好きに戻って、また別の事情で嫌いになって、さらに色々あってどちらでもない今に至る。

繰り返すが、ラブライブはあくまで青春の当事者が対象であるべきだ。
だからこそ、どれだけ惜しまれても主たるグループは交代し、体制は常に更新されていく。
僕は、ラブライブのそういう所を今も信頼している。

そして、スーパースターの物語は、やはりきちんと"更新"されていた。
胸を打つような熱さはそのままに、きちんと新しくなった価値観や思想がそこに息づいていた。

そして最後に、Liella!は悔しさを得て流星になった。



彼女たちは、まだ一年生だ。
今までのシリーズに比べて時間がある中で、既に既存シリーズのクライマックスに似た熱を彼女たちは獲得している。
ならばこの先の物語では、今まで卒業という形で終わりが来て見ることのできなかった景色が、見られるのかもしれない。
あるいは、更なる更新の果てに、既に青春にいない僕には想像もつかない所へ辿り着くかもしれない。

僕は、これから先もずっと、昔のようにラブライブを追うつもりはない。
距離を取って物語だけを眺めるつもりでいる。

それは、嫌悪からではない。
自分からコンテンツが離れていくことが、あるべき流れだと思うからだ。
青春を終えた僕は置いていってくれていい。

夜空を越え、太陽の引力すら振り切って、宇宙の果てへと駆けていけ。

まだその輝きを知らない誰かの元へ、その身が続く限り飛んでいけ。

真っ暗な宇宙を、継ぎ接ぎだらけの身を燃やしながら進め。

それでいい。
流星は、地上から眺めても綺麗なものだ。



だから、行ける限り遠くへ行け。

継ぎ接ぎだらけの流れ星。

結合し、加速して、惑星を飛び出た逆さの流星。

引力に抗い、今度こそ自由に光を放つ。

星の海を渡り、新たな星空を拓くもの。










──汝、宇宙を拓く流星。
















引用

画像:YouTubeラブライブ !シリーズ公式チャンネルより(https://youtu.be/3jEhJEvj9io)/©2021 プロジェクトラブライブ!スーパースター!!

歌詞
Tiny Stars 作詞:畑亜貴